運動前に何を行うか、どう過ごすかに
パフォーマンスは大きく左右されます。
これはトレーナーのみなさんであれば
もちろん知っていることでしょうし、
選手も経験的にも分かっていることでしょう。
しかしながら
今まで経験的に行われていたことが、
実は効果がなかった。
なんなら逆効果だったなんてことも
いくつか報告されています。
その1つが、「運動前のストレッチ」。
厳密に言えば、運動前の静的ストレッチです。
※静的ストレッチ:
特定の部位を数秒~数十秒静止姿勢で伸ばす
ストレッチのこと。
運動前のストレッチは、
主に可動域向上による怪我の予防、
パフォーマンス向上を目的として
行われてきたと思います。
しかし近年は複数の研究において
運動前のストレッチはパフォーマンスを低下させる
という報告がなされています。
みなさんも、運動前には
静的ストレッチより動的ストレッチを行ったほうがいい
といったことは耳にしたことがあるのでは
ないでしょうか。
※動的ストレッチ:
静的ストレッチとは対照的に、
筋肉の収縮や動きを伴うストレッチ
2013年にSimicらは
「いろいろと静的ストレッチに関する研究があるが、
いったいどのくらいパフォーマンスを低下させるのか?
発揮するパフォーマンスの種類によって
その低下の程度は違うのか?」
という疑問を明らかにするために
それらの研究を統合した
メタアナリシスを発表しています。
※メタアナリシス:
複数の研究結果を統合して分析したもの。
最も質の高いデータが得られるとされている。
Simicらのメタアナリシスの結果
採用された研究数:104
パフォーマンス | 筋力 | パワー | ジャンプ | スプリント | スローイング |
ストレッチ後の変化 | -5.4%
(-6.6~-4.2%) |
-1.9%
(-4.0~+0.2%) |
-1.6%
(-2.5~-0.7%) |
-1.6%
(-2.6~-0.5%) |
+0.2%
(-2.3~+2.7%) |
※( )内:95%信頼区間
結果のおよそ95%がこの範囲におさまることを示す
研究の世界では、一般的にこの95%信頼区間が
0をまたいでいなければ確かな効果があると
判断されます。
つまり、筋力、ジャンプ、スプリントに関しては
95%信頼区間が0をまたいでおらず、
すべてマイナスの数値になっているので
「運動前の静的ストレッチは
筋力、ジャンプ、スプリントに対して
確かな負の影響を与える」
と解釈できます。
この表と図を見て分かる通り、
特に筋力の低下が大きいことが分かります。
ジャンプやスプリントの低下は
一見1.6%と小さく見えますが、
単純計算で考えたら
「100m走のタイムが10.00秒から10.16秒になる」
ということ。
2016年のリオオリンピック100m走の
決勝のタイムを見てみると
1位 9.81秒
2位 9.89秒 (1位と0.08秒差)
3位 9.91秒 (1位と0.10秒差)
…
6位 9.96秒 (1位と0.15秒差)
と、およそ1位と6位との差が
0.15秒となっています。
トップレベルの争いでは、0.1秒、
1%の違いはとんでもなく大きなものなのです。
一方でスローイングに関しては
95%信頼区間の幅が広く0もまたいでおり、
ポジティブな結果をもたらす場合も
ネガティブな結果をもたらす場合も
共にあるようです。
先ほどのデータでも提示したように、
静的ストレッチによって筋力は低下します。
一方で、静的ストレッチは動的ストレッチに比べて
可動域向上の効果は大きいということが
示されたデータもあります (Bandy et al, 1998)。
おそらく
スプリントなどとスローイングでの結果の違いは
「筋力」「可動域」のパフォーマンスへの貢献度の違い
によって引き起こされたものだと考えられます。
スローイングは
テイクバック時の動きが大きくなることによって、
ボールに力を加えることのできる距離(関節角度)の
増加が起きると考えられます。
つまり、この点に関しては
可動域の向上がパフォーマンス向上につながる
といえるのです。
一方で筋力の低下により、
加えることのできる力の大きさは減ってしまいます。
上記のポジティブな効果とネガティブな効果が
存在することによって、
Simicらの研究でも、スローイングに関しては、
静的ストレッチが与える影響の幅が広くなっていた
のではないでしょうか。
また、
「十分な筋力を有しているものの、可動域の小ささが
スローイングの制限因子になっている」
という選手に対しては、
もしかしたら運動前の静的ストレッチは
パフォーマンスを向上させうるのかもしれません。
ケースに合わせて適切なストレッチを
今回は運動前の静的ストレッチの
ネガティブな効果をご紹介しましたが、
決して静的ストレッチそのものを
否定しているわけではありません。
柔軟性を確保するための
普段のトレーニングとして行う分には
とても効果的な方法です。
薬に副作用があるように、
トレーニングやストレッチにも利点欠点があります。
薬剤師が薬の副作用まで把握しているように、
我々トレーナーがその運動のデメリットまで
しっかりと把握しておきましょう!
参考文献
L. Simic, N. Sarabon, and G. Markovic
“Does Pre-Exercise Static Stretching Inhibit Maximal Muscular
Performance? A Meta-Analytical Review”
Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports
23.2 (2013), 131–48
<https://doi.org/10.1111/j.1600-0838.2012.01444.x>
W D Bandy, J M Irion, and M Briggler
“The Effect of Static Stretch and Dynamic Range of Motion
Training on the Flexibility of the Hamstring Muscles”
The Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy
27.4 (1998), 295–300
<https://doi.org/10.2519/jospt.1998.27.4.295>
SNSでも配信中