前回の記事では、
『観察研究』と『介入研究』の違いについて
解説しました。

単一の研究として
最もエビデンスレベルが高いのは介入研究
特にランダム化比較実験であるものの、
その実施のハードルの高さから
研究を実施しづらいという課題もあります。

そこで観察研究のデータも活用することが
現場では必要になってくるのですが、
観察研究の中にも
『前向き研究』『後向き研究』があります。

例えば、野球の投手の肩関節の可動域と
肩の既往歴の有無について調査したところ、
肩関節の外旋可動域が狭いほど
肩の傷害を受傷していた割合が高かった、
というデータがあったとしましょう。

このデータだけでは
「肩の可動域が狭いほど怪我をするんだ!」
とはなかなか言いきれないのです。

それはこの研究が後向き研究だからというのが
大きな理由の1つです。

観察研究の『データを収集したタイミング』

観察研究において重要なのは、
『データを収集したタイミング』です。

このタイミングによって
前向き研究と後向き研究の分類がなされます。

例えば先ほど例に挙げたような、
野球の投手における肩関節の可動域と
肩の傷害の関係性についてのデータを
集めるとしましょう。

肩関節の可動域というのは
データを収集するタイミングで
被験者全員分の測定をすることは出来ますよね。

一方で、怪我というのは
いつ起こるか分かりません。

上記で紹介したデータの例、
「肩の可動域が狭い選手ほど
肩の傷害を受傷していた割合が高かった」では、
過去の傷害の発生の有無をみていますよね。

これは過去の傷害について観察をしているので、
肩の外旋可動域が狭かったから怪我をしたのか、
肩の怪我をしたから外旋可動域が狭くなっている
のかは分かりません

これが後向き研究の短所でもあります。

一方、前向き研究の場合、例えば、
現時点で肩の怪我をしていない選手たちの
肩の可動域を測定して、
そのシーズンを通して傷害の発生の有無を調べた
という形式であれば、後向き研究と違って
「肩の怪我をしたから外旋可動域が狭くなった」
という可能性は排除できますよね。

この形式の研究では
可動域と肩の傷害の発生についての
因果関係の向きははっきりとしてきます

ただし、前回の記事でも紹介した通り、
観察研究の場合は第3の要素
肩の可動域にも肩の傷害の有無にも
影響を与えている可能性もあるので、
それを踏まえたうえでの解釈も必要です。

例えば、
肩の可動域を広げるストレッチをしている選手は
肩のチューブトレーニングも実施しており、
実は可動域を広げるストレッチよりも
チューブトレーニングのほうが
傷害の発生予防の効果があった、
つまり、可動域と傷害の発生の有無は
見せかけの関係性であった、等です。

スクリーニングへの活用

上記で紹介した前向き研究のデータは、
シーズン開始時のスクリーニングにも
非常に役立ちます。

例えば実際に以下のような研究があります。

  • プロの野球選手において、
    シーズン前の肩関節の外旋筋力と
    外転筋力が低いほど
    シーズン中の肩の怪我が多かった※文献2
  • ユースのバスケットボール選手において、
    シーズン前の足関節背屈可動域が狭いほど
    膝蓋腱炎の発症率が高かった※文献1

似たような競技・被験者であれば、
同様の特徴が見られた選手は
その怪我のリスクが高い可能性がありますよね。

ここで大事なのは、リスクを発見できたら、
次の段階は予防のアプローチをとるということ。

また、これらの前向き研究の結果から、
肩の外旋筋力を強化したり、
足関節の背屈可動域を出していけば
傷害の発生を予防できる可能性もありますが、
よりその効果を確実にしたければ、
予防の対策を行った結果どうだったかという
介入研究も参考にするのがベターでしょう。

このように、予防策1つとるうえでも
より確実な方策をとるためには
複数の研究を参考にすることが必要です。

今回の「前向き研究」と「後向き研究」の違い、
前回の「観察研究」と「介入研究」の違いを
頭に入れながら、是非スクリーニング・傷害予防に
必要なデータを収集していってください!

執筆者:佐々部孝紀(ささべこうき)

参考文献

  1. Backman, LJ and Danielson, P.
    Low Range of Ankle Dorsiflexion Predisposes for
    Patellar Tendinopathy in Junior Elite Basketball
    Players.
    Am J Sports Med. 39: 2626-2633, 2011.
  1. Byram, IR, Bushnell, BD, Dugger, K, Charron, K,
    Harrell, FE, and Noonan, TJ.
    Preseason shoulder strength measurements in
    professional baseball pitchers:
    Identifying players at risk for injury.
    Am J Sports Med. 38: 1375–1382, 2010.