「乳酸は疲労物質」「乳酸値は低い方がいい」と
思っている方は意外と多いのではないでしょうか。

乳酸は決して悪者ではありません。
このことを、乳酸研究の第一人者で、乳酸研究会の
代表でもいらっしゃる、
東京大学大学院総合文化研究科 身体運動科学研究室
教授の八田秀雄先生にお聞きしました。

乳酸は無酸素状態でできるわけではない

乳酸というと、古くから体内が無酸素状態になることで
できる燃えかすで、老廃物とされてきました。

疲労は、乳酸が多くできて体内が酸性になることで
起きるとされ、そこで乳酸さえ対処すれば、
疲労は回復するように考えられました。

ところがこれらのことは正しくないことが次第に
わかってきました。

まず運動をしている体内が無酸素状態にはなりません。
無酸素運動といわれる短距離走でも、
呼吸はちゃんとしていますし、
心臓が止まってはいないで、血液を送り出しています。

ということは酸素が筋肉に届けられていて、
酸素を利用したエネルギー産生は常におきています。

標高の高い場所で運動すると酸素が足りなくなって、
乳酸がよりできることになりそうなものです。

ところが、特に高度順化すると標高の高い場所ほど
乳酸ができやすくはなりません。
乳酸ができることを酸素の供給だけでは説明できません。

 

疲労は乳酸以外のことにもよっている

運動の疲労がもし乳酸のみによって起こっているならば、
乳酸は運動後30分もたてば運動前の低いレベルにまで
戻りますから、運動後30分で疲労は全てなくなって
いなければならないはずです。

しかしそんなことはありません。

マラソンやサッカーの後半になると疲労してきます。
ところがその時、筋肉では筋グリコーゲンがなくなって
きているので、主として筋グリコーゲンからできる
乳酸はできにくくなっているので、
乳酸はできないのにより疲労しています。

また、標高の高い場所で運動した方が運動はきついです。
しかし、乳酸は必ずしも高い場所ほど多くできることには
なりません。
運動時の疲労に乳酸以外のことも多く関係しています。

 

乳酸ができるということは糖を使っているということ

では、乳酸ができることをどう考えたら
よいのでしょうか。

『乳酸ができる』ということは『糖を使っている』
ということです。

エネルギー源は、主として糖と脂肪が分解されて
もたらされています。
そして安静時や強度の低い運動時には脂肪の方が
糖よりも多く使われます。
糖は使いやすいのですが、量は多くはないので、
多くは使わないようになっています。

それが運動強度が上がってくると、糖の利用が
高まります。
そして糖の利用が高まると、糖を利用過程でできる
乳酸が多くできることになります。

ですから、糖をたくさん利用するような、
強度の高い運動では、乳酸が多くでき、
乳酸ができるということは、糖を使っている、
ということなのです。

 

LT(Lactate Threshold)から糖利用が高まる

運動強度を上げていくと、ある強度から急に
血中乳酸濃度が高くなります。
これがLT(Lactate Threshold)です。

この現象は最初、LTから酸素が足りなくなるためと
考えられました。
ところが、LTの運動強度は最大よりも低い強度です。

ここで運動強度に対して酸素摂取量を取ってみると、
酸素摂取量はほぼ直線的に上がっていきます。

LTの時は最大の60-70%くらいの強度ですから、
酸素が足りなければまだ十分増やせる状態で、
乳酸が多くできることになります。

これは結局、酸素が足りないからではなく、
糖を多く利用するようになるから、と説明できます。

特にLTから速筋線維が使われるようになることや、
アドレナリンのように糖利用を高めるホルモンが
LTから多く出るようになることが、一つの原因です。

 

乳酸はエネルギー源である

乳酸は糖を利用する途中でできるものですから、
老廃物ではなくエネルギー源です。
スポーツドリンクなどにも乳酸が入っています。

肉、魚、ヨーグルト、ワイン、漬け物など、
いろいろな食品にも入っていて、
乳酸は食事でも多く摂取されています。

そして乳酸を摂ることはエネルギー源を摂ることです。

乳酸がエネルギー源ということは、
ミトコンドリアで使われるということです。

特に運動中には遅筋線維や心筋で多く使われています。

一方、運動中には速筋線維から乳酸ができています。
そこで速筋線維で乳酸ができ、それが遅筋線維や心筋で
使われています。

また同じ一つの筋細胞の中でもまず糖から乳酸ができて、
それがその細胞にあるミトコンドリアに入って使われる
ということもいわれています。

このように、
乳酸はエネルギー源であって老廃物ではありません。

 

乳酸測定をどう利用したらよいのか

それでは血中乳酸濃度の測定をどう利用したら
よいのでしょうか。

疲労していれば必ず血中乳酸濃度が上がっているわけでは
ないのですから、乳酸測定は無意味でしょうか。

実際には乳酸測定は大変有効です。

疲労に関係する多くの物質は筋中で濃度が変わりますし、
またその時間変化が秒単位で早いのが普通で、
測定は容易ではありません。

ところが乳酸は筋中でできても血液に出てきますし、
その濃度変化は比較的遅く数10秒から分単位で
考えることができます。

したがって血液中の乳酸濃度で筋肉の中のことを
推定できます。
血液から筋肉内のことを間接的に推定する指標として
利用するならば大変有効です。

ただし、筋グリコーゲン濃度によって乳酸ができる量は
かなり変わります。

また運動開始何分、運動後何分で採血するとか、
どこから採血したかによっても変わります。

大事なことは、
測定する条件をできるだけ一定にすることです。

また血中乳酸濃度はあくまでも筋肉での代謝を
間接的に推定する指標として考え、
唯一絶対の疲労の原因のように考えないことです。

また血中乳酸濃度が変化しても、
単に疲労している、していない、といったことでなく、
それ以外の要因も考えられることも忘れてはいけません。

 

トレーニングなどで血中乳酸濃度はどう変化するのか

それでは選手に血中乳酸濃度測定をすると
どのような結果が得られるでしょうか。

一般的にいって、トレーニングをすれば、
特に持久的トレーニングをすれば、
同じ運動における血中乳酸濃度は下がります。

そこでLTが伸びます。
最高血中乳酸濃度も、一般的には下がる傾向にあります。

ただし、高校生など発育期にある場合や、
パワートレーニングなどで筋肉量を増やせた場合には、
最高血中乳酸濃度は上がります。

一方、ある程度トレーニングされてきた選手では、
LTなどにはそう簡単には効果が出にくくなってきます。

そうした場合には、血中乳酸濃度によるLTなどの測定は、
選手の調子を測定しているともいえます。
コンディションの良い時は血中乳酸濃度は少し低くなり、
逆に良くないときには少し高くなります。

一方、強度の高い運動や競技直後の血中乳酸濃度は、
調子の良い方が高くなることがよくあります。

それは、最後まで頑張れた、スパートができた、
といったことです。

中長距離走などで考えてみると、状態の良いときは、
最初からの血中乳酸濃度がいつもより低く、
最後のスパートでより追い込めたときに
血中乳酸濃度がより高くなる、
というようなイメージになります。

このように、血中乳酸濃度は、
低い方が望ましいことが多いですが、
低ければいつも良いわけでもありません。