前回の記事では傷害発生予防のための
動作のスクリーニングについて紹介しました。

今回は特に女子アスリートでの受傷リスクが高く、
受傷すると復帰まで多くの時間を要する傷害、
『前十字靭帯損傷』のリスクファクターについて、
前回紹介した動作のスクリーニングのことも含めて
紹介していきます。

前十字靭帯の受傷リスク

下記はバスケットボール、サッカーの
男女それぞれの前十字靭帯損傷の発生数を
1,000AEあたりで示した表です(文献1-4)。

AEというのはAthlete Exposureの略で、
例えば10人の選手が100回練習や試合に参加すると
10×100=1,000で1000AEになります。

表 バスケットボール、サッカーの男女での前十字靭帯損傷率

サッカーもバスケットボールも
女子選手のほうが男子選手より
受傷率が3倍ほど高いことが示されています。

また、特に女子のバスケットボールにおいては
コンタクトによる受傷よりも
ノンコンタクトでの受傷が多くなっています。

前十字靭帯損傷のリスクファクター

ではなぜ女子選手のほうが
受傷率が高いのでしょうか。

今回はHewettら(2016)のレビュー論文(文献5)を基に
その理由にも繋がる女子選手特有の
リスクファクターを紹介します。

Qアングル

Qアングルとは
立位時の大腿骨と脛骨の外反角度です。

一般的に女子選手のほうが
骨盤の幅が広くQアングルは大きくなり、
より膝関節が外反しやすくなります。

顆間窩

顆間窩とは
大腿骨の内側顆と外側顆の間のスペースです。

このスペースが狭いと
前十字靭帯にせん断ストレスがかかりやすく、
損傷のリスクになります。

関節弛緩性

一般的に女子選手のほうが関節弛緩性が強く、
そのことも前十字靭帯損傷のリスクになります。

後述する生理周期によっても
関節弛緩性が高まることもあるので、
そのことがさらに損傷リスクを高めます。

ホルモン分泌(生理周期)

女性アスリートの場合、
生理周期によってホルモンの分泌が変化します。
エストロゲンの分泌が
関節の弛緩性にも関連するため、
排卵前後、その後の黄体期で
前十字靭帯の損傷率が高くなるようです。

またエストロゲンの分泌は
神経筋コントロールにも影響を与えるようで、
そのことも前十字靭帯の損傷リスクに関連する
可能性もあるようです。

膝伸展筋・屈曲筋の共縮

膝関節の安定性は、動作中の膝関節の筋の共縮
(膝伸展筋と屈曲筋の同時収縮)によって
増加することが示唆されています。

女子選手は男子選手に比べて
減速時のハムストリングの筋活動レベルが低く、
そのことも前十字靭帯損傷のリスクになると
考えられています。

筋活動の特性

上記で示した
膝関節伸展筋と膝関節屈曲筋の活動以外にも、
外側広筋が内側広筋と比べて優位に活動し、
外側ハムストリングが内側ハムストリングに比べて
優位に活動する傾向があるようです。

そのことも膝関節の外反を誘発し、
前十字靭帯損傷のリスクになると考えられます。

着地、カッティング動作

女子選手は着地やカッティング動作において、
膝関節の屈曲が小さく外反角度が大きくなる
傾向があります。
この動作が前十字靭帯損傷のリスクになることが
前向きの観察研究でも明らかになっています(6)。

このような動作は先述した様々な要因から
影響を受けるとも考えられます。

まとめ

今回は女子アスリートの前十字靭帯損傷の
リスクファクターについて解説しました。

このような特性について理解することが
傷害の予防の第一歩になります。

基本的な情報になりますが、
是非この知識をアスリートの傷害予防に
活かしてください!

執筆者:佐々部孝紀(ささべこうき)

参考文献

  1. Agel, J, Evans, TA, Dick, R, Putukian, M,
    and Marshall, SW.
    Descriptive Epidemiology of Collegiate Men’s
    Soccer Injuries : National Collegiate Athletic
    Association Injury Surveillance System,
    1988 – 1989 Through 2002 – 2003.
    J Athl Train 42: 270–277, 2007.
  2. Agel, J, Olson, DE, C, Dick, R, Arendt, EA, et al.
    Descriptive Epidemiology of Collegiate Women’s
    Basketball Injuries : National Collegiate Athletic
    Association Injury Surveillance System,
    1988 – 1989 Through 2003 – 2004.
    J Athl Train 42: 202–210, 2007.
  3. Dick, R, Hertel, J, Agel, J, Grossman, J,
    and Marshall, SW.
    Descriptive Epidemiology of Collegiate Men’s
    Basketball Injuries: National Collegiate Athletic
    Association Injury Surveillance System,
    1988–1989 Through 2003–2004.
    J Athl Train 42: 194–201, 2007.
  4. Dick, R, Putukian, M, Agel, J, Evans, TA,
    and Marshall, SW.
    Descriptive Epidemiology of Collegiate Women’s
    Soccer Injuries : National Collegiate Athletic
    Association Injury Surveillance System,
    1988 – 1989 Through 2002 – 2003.
    J Athl Train 42: 278–285, 2007.
  5. Hewett, TE, Myer, GD, and Ford, KR.
    Anterior cruciate ligament injuries in female
    athletes: Part 1, mechanisms and risk factors.
    Am J Sports Med 34: 299–311, 2006.
  6. Hewett, TE, Myer, GD, Ford, KR, Heidt, RS,
    Colosimo, AJ, McLean, SG, et al.
    Biomechanical measures of neuromuscular control
    and valgus loading of the knee predict anterior
    cruciate ligament injury risk in female athletes:
    A prospective study.
    Am J Sports Med 33: 492–501, 2005.